障害のあるお子さんを育てていらっしゃる親御さんから、「もし私たち親が先にいなくなったら、この子はどうやって生活していくのだろう」という切実なご相談をよくお受けします。日々の暮らし、お金の管理、住む場所のことなど、ご不安は尽きないことと思います。この漠然とした不安を、具体的な計画に変えるための、そして、お子さんの未来を守るための法的な礎となるのが「遺言書」の作成です。この記事では、なぜ遺言書が不可欠なのか、そして数ある遺言の方式の中で、なぜ「公正証書遺言」が最も賢明な選択なのかを、順を追ってご説明します。
なぜ遺言書が「最初の砦」となるのか
お子さんの「親なきあと」を考えたとき、遺言書を作成する最大の目的は、相続手続きの際に生じる「遺産分割協議」という大きな障壁を回避することにあります。遺産分割協議とは、遺言書がない場合に、誰がどの財産をどれだけ相続するのかを、相続人全員で話し合って決める手続きのことです。この協議は、相続人全員の合意がなければ成立しません。
遺言書がない場合に起こりうること
もし、相続人であるお子さんに十分な判断能力がないとみなされた場合、お子さんは遺産分割協議に参加することができません。そうなると、話し合いを進めるためだけに、家庭裁判所に「成年後見人」を選任してもらう申立てが必要になる場合があります。成年後見人とは、判断能力が不十分な方に代わって財産管理や契約などを行う人のことで、一度選任されると、多くの場合、お子さんの生涯にわたって関与が続くことになります。これは、親御さんが望んだ形とは異なるかもしれません。しかし、誰が何を相続するかを明確に指定した遺言書があれば、そもそも遺産分割協議を行う必要がなくなり、このような事態を根本から避けることができるのです。
遺言書なら何でも良い?
遺言書には、自分で手書きする「自筆証書遺言」と、公証役場で作成する「公正証書遺言」が主にあります。手軽さから自筆証書遺言を選びたくなるかもしれませんが、障害のあるお子さんの未来を守るという目的においては、その選択は大きなリスクを伴います。結論から申し上げると、無効になるリスクが極めて低く、確実性が最も高い「公正証書遺言」が最有力と考えます。
自筆証書遺言の落とし穴
自筆証書遺言は、費用がかからず手軽に作成できる反面、民法で定められた厳格な形式を守らないと無効になってしまう危険性が常に付きまといます。例えば、以下のような些細なミスでも無効と判断されることがあります。
- 日付の記載が「令和○年○月吉日」となっている
- 財産目録以外の部分をパソコンで作成してしまった
- 訂正の仕方を間違えている
せっかくお子さんのためにと想いを込めて書いた遺言書が、形式的な不備で無価値になってしまえば、遺産は法定相続のルールに従って分割されることになり、親御さんの意思は実現されません。
自筆証書遺言保管制度
なお、2020年から始まった「自筆証書遺言書保管制度」は、作成した自筆証書遺言を法務局で保管してもらえる制度です 。これにより、紛失や偽造のリスクが低減され、家庭裁判所の検認も不要になります。ただし、法務局は形式的な要件(日付や署名・押印の有無など)はチェックしますが、遺言内容の法的な有効性や実現可能性までは審査しません。したがって、公正証書遺言に比べると、内容に関するトラブルの火種が残る可能性は依然として存在します。
「公正証書遺言」という確実な選択
公正証書遺言は、法律の専門家である「公証人」が作成に関与し、証人2名以上の立会いのもとで作られます。そのため、形式の不備で無効になる心配はまずありません。原本は公証役場に保管されるため、紛失や偽造の恐れもなく、ご逝去後の家庭裁判所での「検認」という手続きも不要なため、相続手続きを迅速に進めることができます。作成に数万円からの費用がかかりますが、これは単なる「出費」ではなく、お子さんの将来を守る計画全体の破綻を防ぐための、極めて重要な「保険料」と捉えることができます。
杉並区で公正証書遺言を作成するには
杉並区にも公証役場があります(こちら)が、お住まいの地域からアクセスしやすい近隣の公証役場を利用することができます。公証人はご自宅や病院への出張作成にも対応してくれる場合がありますので、まずは電話で問い合わせてみるとよいでしょう。
準備するものと大まかな流れ
公正証書遺言を作成する際の、一般的な流れは以下の通りです。
- 事前の準備: 誰に、どの財産を渡したいのかを決め、ご自身の印鑑証明書や戸籍謄本、相続人の戸籍謄本、不動産の登記簿謄本や預貯金の通帳のコピーなど、財産に関する資料を準備します。
- 公証人との打ち合わせ: 準備した資料をもとに、公証人と遺言の内容について打ち合わせを行います。
- 証人の手配: 信頼できる方を証人として2名手配します。適当な方がいない場合は、公証役場で紹介してもらうことも可能です。
- 遺言書の作成当日: 公証人、証人の前で遺言の内容を確認し、署名・押印して完成です。
遺言書の先にある課題と、さらなる備え
遺言書は、お子さんに財産を確実に「渡す」ための強力な手段ですが、万能ではありません。遺言書の効力は、財産を渡すところまでです。お子さんが相続した財産を、その後どのように管理し、計画的に使っていくかという「渡した後の管理」の課題が残ります。この課題に対応するためには、遺言書を補完する制度、例えば毎月決まった額をお子さんに給付できる「家族信託」といった仕組みを併用することも視野に入れると、より安心な備えとなります。
まとめ
障害のあるお子さんの「親なきあと」に対する不安を解消するための第一歩は、お子さんが相続手続きで困らないよう、法的に有効で確実な「公正証書遺言」を作成しておくことです。それにより、意図しない成年後見制度の利用を避け、親御さんの想いを込めた財産の承継を実現できます。ご自身の状況ではどのような内容の遺言書が良いのか、また、遺言書だけではカバーできない課題にどう備えるべきか。ご不安な点はどうぞ一人で抱え込まず、私たちのような専門家にご相談ください。ご家庭の状況に寄り添いながら、最適な方法を一緒に考えさせていただきます。





