障害福祉サービスの事業所を運営していると、さまざまな場面で「秘密保持契約書(NDA)」という書類を目にすることがあります。これは、大切な情報を外部に漏らさない、目的外で使わない、という約束を交わすための契約書です。特に、利用者さんのプライバシーに関わる情報を多く扱う福祉事業所にとって、この契約は事業の根幹を守るために極めて重要です。今回は、なぜ秘密保持契約が必要なのか、そして契約を結ぶ際にどんな点に気をつければ良いのかを、具体的な場面に沿って解説します。
なぜ障害福祉事業所に秘密保持契約が必要なのか
事業所の運営において、秘密保持契約を締結することは、利用者さんと事業所自身、双方を守るために不可欠です。単なる形式的な書類ではなく、信頼関係を築き、万が一のトラブルを防ぐための重要な「お守り」だと考えてください。
その最大の理由は、利用者さんの個人情報を守るためです。障害者総合支援法にも守秘義務は定められていますが、職員の採用時や外部業者との連携時に、契約という形で改めて情報の取り扱いルールを明確にすることで、関係者全員の意識を高めることができます。また、事業所が独自に作成した支援プログラムや運営マニュアルといった知的財産を守る意味合いもあります。これらの情報が外部に流出するのを防ぎ、事業所の安定した運営を支えることにも繋がるのです。
どのような場面で秘密保持契約を結ぶべきか
具体的に、事業所運営の中で秘密保持契約が必要となるのは、主に「職員との関係」と「外部の事業者との関係」の2つの場面です。
職員の採用時と退職時
職員は、日々の業務を通じて利用者さんの氏名、住所、心身の状況、ご家族の情報といった非常にデリケートな個人情報に触れます。そのため、入社時に秘密保持に関する誓約書を取り交わすことが重要です。
- 入社時: 就業規則で守秘義務を定めるだけでなく、個別の誓約書に署名をもらうことで、情報の重要性を本人に改めて認識してもらう効果があります。
- 退職時: 在職中に知り得た情報を退職後も漏らさないことを約束してもらうために、改めて誓約書を提出してもらうのが一般的です。これにより、退職後の情報漏洩リスクを低減させます。
外部の事業者と取引を始める前
事業所の運営には、さまざまな外部パートナーとの連携が欠かせません。例えば、ウェブサイトの制作会社に利用者さんの写真や活動内容を提供する場合や、経営コンサルタントに事業計画を相談する場合など、事業所の内部情報を開示する際には、必ず業務委託契約などを結ぶ「前」に秘密保持契約を締結しましょう。
- 委託業者: ホームページ制作、会計処理、労務管理などを外部に委託する場合。
- 提携機関: 他の事業所や医療機関と連携して支援を行う場合。
- 実習生の受け入れ: 学生や研修生を受け入れる際にも、学校との間で情報の取り扱いについて契約を結ぶことが望ましいです。
契約書にサインする前のチェックポイント
提示された契約書に安易にサインする前に、少なくとも以下の点は確認するようにしましょう。これは、自社が情報を受け取る側でも、渡す側でも同様に重要です。
- 秘密情報の範囲は明確か: 「何が秘密情報にあたるのか」が具体的に書かれているかを確認します。「利用者の個人情報、個別支援計画、事業所の財務情報」など、守りたい情報がきちんと含まれていることが大切です。
- 義務を負うのは誰か: 契約書の当事者を示す「甲」と「乙」という言葉が出てきますが、「甲及び乙は、互いに…」というように、お互いが義務を負う形になっているかを確認しましょう。相手方だけが有利な内容になっていないか注意が必要です。
- 契約期間と契約終了後の扱い: 秘密を守る期間はいつまでか(通常3年〜5年が多いです)、そして契約が終わった後に預かった情報(データや書類)を返却するのか、それとも破棄するのかが明記されているかを確認します。
- 目的外使用の禁止: 開示された情報を、契約で定められた目的以外に使用しないことがはっきりと書かれているかは、非常に重要なポイントです。
まとめ
秘密保持契約(NDA)は、障害福祉サービスという、人のプライバシーと深く関わる事業を行う上で、利用者さんをお守りし、事業の信頼性を担保するための生命線とも言える契約です。特に、職員の入れ替わりや外部との連携が増える中で、その重要性はますます高まっています。
インターネット上で手に入るテンプレート(雛形)をそのまま使うことも可能ですが、それぞれの事業所の実情に合わせて内容を調整することが、より確実なリスク管理に繋がります。契約内容に少しでも不安を感じたり、自社に合った契約書の作成でお困りの際は、私たちのような専門家にご相談ください。大切な情報をしっかりと守り、安心して事業に専念できる環境を一緒に整えていきましょう。