障害福祉の事業を運営する上で、私たちは日々「障害」という言葉と向き合っています。そして、その表記には「障害者」「障がい者」「障碍者」という複数の選択肢が存在します。この違いは、単なる言葉遣いの問題ではありません。その根底には、障害を個人の問題と捉えるか、社会の側にある壁と捉えるかという、根本的な視点の違いが横たわっています。この記事では、この視点の違いを軸に、それぞれの表記が持つ意味と、行政書士としてどう向き合うべきかを解説します。
障害は個人ではなく、社会がつくるもの
私が一貫して大切にしている考え方、それは「障害は個人の特性ではなく、社会の側にある障壁によって生み出される」という視点です。これを「社会モデル」と呼びます。例えば、車いすを利用する方が建物に入れない時、その原因は「歩けないこと」にあるのではなく、「建物にスロープやエレベーターがないこと」にあります。情報が得られない人がいる時、原因はその人の能力ではなく、「音声案内や字幕といった情報の提供方法が限られていること」にあるのです。この社会モデルの視点に立つと、言葉の選び方が非常に重要であることが見えてきます。
表記の違いは、社会のあり方を問う視点の違い
社会モデルの考え方を踏まえると、それぞれの漢字表記が持つ意味合いは大きく異なってきます。どの言葉を選ぶかは、私たちが社会のあり方をどう考えているかを表明することに繋がります。
- 「障害者」という表記
「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)」をはじめ、日本の法律で定められている公的な表記です。行政手続きの書類などでは、この表記を用いる必要があります。歴史的に、障害を個人の心身機能の状態と結びつけてきた「医学モデル」に基づいているとも言え、「害」という字が本人に内在する課題を想起させる、という意見もあります。 - 「障がい者」という表記
「害」という字が持つ否定的な印象を避けたいという配慮から、多くの自治体やメディアで使われるようになった表記です。言葉を和らげ、当事者の心情に寄り添おうとする姿勢の表れと言えます。この表記の広がり自体が、障害に対する社会の意識が変化してきた証拠とも言えるでしょう。 - 「障碍者」という表記
社会モデルの考え方を最も強く反映した表記です。「碍」という漢字には「さまたげ」という意味があります。これは、社会の中に存在する物理的・制度的・文化的な「さまたげ(障壁)」によって、その人の生活に困難が生じている、という捉え方です。つまり、問題は個人ではなく社会の側にあるのだ、という理念を明確に示しています。常用漢字ではないため一般的ではありませんが、この理念に共感し、採用する事業所や団体が増えています。
杉並区での実情と、事業者としての選択
私たちの拠点である東京都杉並区では、公式な計画名や条例など、法令に基づく場面では「障害者」という表記が用いられています。しかし、区の施策の目的は、障害のある方が暮らしやすいまちづくり、つまり社会の側にある障壁を取り除いていくことにあります。言葉の表記と、実際の取り組みの理念は、必ずしも常に一致しているわけではありません。
事業者としてどの表記を選ぶか。それは、「私たちの事業は、社会に対してどのような姿勢で臨むのか」という理念を表明する行為です。法令に則り「障害者」とするのか、心情に配慮し「障がい者」とするのか、あるいは社会へのメッセージとして「障碍者」を掲げるのか。どれが唯一の正解ということはありません。大切なのは、その選択の理由を自覚し、説明できることです。
まとめ:言葉の選択は、事業の姿勢そのもの
「障害」の表記を選ぶことは、単なる事務的な作業ではありません。それは、私たちが障害のある方々と、そして社会全体と、どう向き合っていくのかという姿勢を示す、重要な経営判断です。言葉の背景にある理念を深く理解し、自社のビジョンと照らし合わせること。それが、利用者さんやそのご家族、そして地域社会からの信頼に繋がっていきます。事業の理念を言葉にどう反映させるか、もしお悩みでしたら、ぜひ一度お話をお聞かせください。